2014年、白みりん誕生200周年で盛り上がっている流山市と流川市...え?(笑)
みりんの街ながれやまには、万上みりんと天晴みりんの二大醸造元がありました。
万上みりん当主は、代々、堀切紋次郎を襲名(現当主より襲名を廃止)
天晴みりん当主は、代々、秋元三左衛門を襲名(8代目より分家創設)
この2枚が万上みりん。この工場はまだ私の記憶にあります。
おせち料理の黒豆作りに味淋は欠かせんが、その黒豆は江戸の高級料亭「八百善」が考案したもので、八百善に白みりんを提供していたのが相模屋(現在の万上みりん)という事を、高田 郁(かおる)原作の「みをつくし料理帖」で知りました。
この2枚が天晴みりん。現在の一茶双樹館やケーズデンキの辺りです。
天晴みりん(本家)の工場跡は、三楽オーシャン→メルシャン→ケーズデンキと変遷。
分家は、杜のアトリエ黎明や、近藤勇陣跡の秋元酒店になっています。
流山市と万上みりんは、白みりん200周年を記念して、流山本町まちなかミュージアムを整備しましたが、そこにはちゃんと良きライバルであった天晴みりんの歴史についても説明しています。
流鉄流山駅では、今も昔も発車ベルと一緒に駅員が表に出て
「乗り遅れそうな人がいないか?確認してから電車を出発させます。」
ね?優しい心配りでしょ?
流山は今も昔も、そういう街なんです(^^)
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